【体験談】頻尿の検査は異常なし|計量カップを買って捨てた話

頻尿の検査は異常なし 計量カップを買って捨てた話 キッチンで空の計量カップを手に迷う40代の女性 暮らし・家事

2025年11月、急にトイレが近くなりました。

人生で初めて泌尿器科に行きました。それでも「異常はありません」。

そこから10か月。いまはだいぶ落ち着いています。

この記事は「こうすれば治ります」という話ではありません。わたしがやったことが、他の人に合うとも思っていません。

ただ、途中で尿を測るための計量カップを買って、すぐ捨てたことがあります。あの時のことが、いま振り返ると大事だった気がしています。

とっこ
とっこ

測れば安心できると思ったんだよね。逆だった

知人
知人

わかる。私も数えてたことある

この記事に書いてあること
  • 検査で異常なしと言われた10か月
  • 計量カップを買って、すぐ捨てた話
  • 病院を変えて、また戻った話
  • 最後までやめられなかった「我慢」
  • 同年代の知人の「絶対大丈夫」

※ わたしは医療の専門家ではありません。ここに書くのは一人の体験談です。気になる症状があるときは、必ず医療機関に相談してください。

2025年11月 急にトイレが近くなった

はじまりは2025年の11月でした。

急に、トイレが近くなったんです。行ったばかりなのに、また行きたくなる。

最初は「生理中で下腹部が張ってるから生理が終わったら治まるかな」くらいに思っていました。でも何日たっても変わりません。

気になりだすと止まらないのが、わたしのくせです。すぐに病院へ行きました。

泌尿器科へ行った日

42歳。人生初の泌尿器科。泌尿器科の診察では、まず回数を聞かれます。1日に何回トイレに行くか。

そして量も聞かれます。1回にどれくらい出ているか。

正直、そんなのちゃんと分かりません。だいたいで答えました。

尿検査だけで終わった日

この日にしたのは、尿検査だけでした。

結果は「異常なし」。

先生の見立ては「初めて頻尿気味になって、敏感になっているだけだろう」というものでした。

ホッとしたのは、覚えてます。そこから12月に入り仕事が忙しくなり少し気にならなくなったような…でも、ふと頻尿?!となるんです。

そしてもうひとつ、「1回に200cc以下だと少ないね」と言われました。この数字が、このあとわたしを困らせることになります。

計量カップを買って すぐ捨てた

キッチンでゴミ箱に空の計量カップを捨てようとしている40代の女性

200cc。

言われた瞬間から、その数字が頭から離れなくなりました。

わたしは、いま何ccなんだろう。足りているんだろうか。

気になったら確かめたくなるのが、わたしです。

量を測ってみようと思った

尿を測るための計量カップを買いました。

これで分かる、と思ったんです。ちゃんと出ていると分かれば安心できる。数字なら、はっきりする。

そう思って、しばらく測りました。

数字で一喜一憂するようになった

結果から言うと、完全に逆効果でした

多ければ「よかった」。少なければ「やっぱりおかしい」。

300くらい出る日もありました。そういう日は、たしかにうれしい。

毎回、数字で気分が上下します。トイレに行くたびに、合否の発表を受けているような感じです。

安心したくて測っているのに、測るたびに不安の材料が増えていく。

だから捨てた

これは無理だ、と思いました。

買ってから1週間くらいで、計量カップを捨てました。

このときは「自分には向いてなかった」としか思っていませんでした。それがどういうことだったのか、分かったのはずっとあとです。

病院を変えて また戻った

クリニックの待合室でひとり順番を待つ40代の女性

いったん落ち着いた時期もありました。でも、2026年の3月にまた強く感じるようになります。

別の泌尿器科に行きました。深い理由はありません。行きたいと思った日に、1軒目が休診だっただけです。

先に書いておくと、どちらの先生も丁寧で、優しい先生でした。これから書くのは、先生の良し悪しの話ではありません。

2026年3月 別の病院へ

2軒目の病院でも、同じように症状を説明しました。

この病院では、エコー検査がありました。11月の病院ではエコーはなかったので、初めてです。ちなみに、どちらの病院でも採血はありませんでした。

結果は、やはり異常なしです。

そしてこの病院でも、量の話が出ました。

先生
先生

200mlは一つの指標だけど、一般的には少ないとされてるねえ。

1軒目では「1回に200cc以下だと少ないね」でした。2軒目は「一つの指標」という言い方です。ちなみに200mlと200ccは同じ量です。

いま読み返すと、2軒目の先生は「絶対的な基準ではない」と言ってくれていたんだと思います。でも当時のわたしは、そこは聞こえていませんでした。200という数字だけが残りました

わたしは、薬をあまり飲みたくないと思っていました。それも伝えました。

膀胱が溜める能力は十分

このとき、わたしは自分で気づいていたことも先生に伝えました。11月の受診のあと、ちょくちょく測っていたからです。

とっこ
とっこ

何かに集中している時は、3〜4時間あくときもあります。測っていたときは、300くらい出る日もありました

そうしたら、先生が言ってくれました。

先生
先生

膀胱が溜める能力は十分。
残尿も正常範囲ですよ。

この一言は、あとになってじわじわ効いてきました。自分の体は壊れていないという根拠が、わたし自身の観察の中にあったからです。

そしてもうひとつ気づいたことがあります。

「3〜4時間あく日がある」「300くらい出る日もある」。これを言えたのは、あの計量カップで測っていたからでした。

毎日測り続けるのは、わたしには無理でした。でも、測った時期があったこと自体は、無駄ではなかったんだと思います。

「とりあえず」が苦しかった

それでも、お薬を出されました。

「とりあえず」という言葉がついていました。
「症状がひどい時に飲んでみてくださいね」と。

先生に悪気はなかったと思います。よくある流れなのかな、とも思います。

でも、わたしにはその「とりあえず」がしんどかった。飲みたくないと言ったのに、という気持ちが残りました。

元の病院に戻った日

それで、1軒目の病院に戻りました。

病院を変えて、また戻る。そんなことをしていいのか、少し迷いました。病院をはしごしているので、呆れられないかな、とも思いました。

でも、戻ってよかったと思っています。

頭で大丈夫と思うしかない

ダイニングで手を重ね、ほっとした表情を見せる40代の女性

戻った先の先生は、1回目の受診のときから、わたしの状態に気づいていた人でした。

先生は、これまでにたくさんの患者さんを見てきているはずです。

わたしも、こう伝えました。

とっこ
とっこ

気になって仕方ないんです。3日前に別の泌尿器科に行って、問題ないと言われたけれど、症状はあるんです。

気持ちと症状を、しっかり聞いてくれました。そのうえで気づいてくれたんだと思います。

この記事でいちばん救われたのは、この先生とのやりとりでした。

1回目で気づいてくれた先生

先生
先生

今はすごく気にしている状態だね。

そのうえで、こう言われました。

先生
先生

僕の見立てでは心因性のものだから、出してもらったおくすりを飲んでも症状は変わらないと思うんだよね。頭で大丈夫と思うしか無い。

突き放されたようにも聞こえますが、わたしはそう受け取りませんでした。ちゃんと見てもらえたと感じたからです。

今は出さないでおくよ

薬の話も出ました。

先生
先生

軽い精神的に落ち着く薬を飲んで落ち着く人もいるけど、あなたは飲みたくないんだよね。そしたら今は出さないでおくよ。

「飲んで落ち着く人もいる」と言ったうえで、わたしの希望も聞いてくれました。

薬が合う人はいます。飲んだほうがいい場面もあると思います。ただ、わたしはあのとき飲みたくなかった。それを分かってもらえたことが、大きかったです。

合う先生を探すのも一苦労

正直に言うと、病院の先生選びは、わたしにとって大事です

真面目に淡々と、作業のように進む診察は苦手です。逆に検査をちゃんとしたうえで「大丈夫よ、気にしすぎてるよ。」と早い段階で言ってくれる先生が好きです。年配の先生に多い気がします。

同じ「大丈夫」でも、こちらの気持ちを汲み取ったうえで、検査結果を踏まえて言ってくれるのとでは、まったく違って聞こえます。

ちなみに、どちらの先生も男性でした。同世代の女医さんだったら、もっとこの気持ちを分かってくれないかな、と思ったこともあります。

ただこれは、年齢や性別の話ではないんだと思います。汲み取り力というか、先生の人柄というか患者との向き合い方だと思います。

最後までやめられなかったのは我慢

リビングのソファから壁の時計をちらっと見る40代の女性

この10か月で、わたしがやめたことが3つあります。

  • 排尿の間隔を測る
  • 数を数える
  • 我慢する

上の2つは、計量カップを捨てたあたりで、だんだんやらなくなりました。

でも、最後まで残ったのが「我慢」でした。

まだ溜まってないはず と我慢していた

尿意を感じます。

でも、さっき行ったばかりです。だから思うんです。「これはまだ溜まってないはず」。

そして我慢します。

これを、わたしはいちばん最後までやっていました。

我慢できた=正常 と自分を試していた

なぜ我慢していたのか。あとから考えると、自分の体をテストしていたんだと思います。

我慢できた。だから正常。壊れていない。

そうやって確認したかった。安心したくて我慢していたんです。

でも、我慢している間ずっと、わたしの意識はそこに向いています。

確かめる行為そのものが続いていた

ここから先は、あとになって腑に落ちたことです。

どうしても不安な日に、わたしはチャッピー(ChatGPT)に相談することがあります。そこで言われたのが、こういうことでした。

数えたり、時間を見たり、我慢して確かめたりする行動そのものが、「これは大事件だ」と脳に教えているのではないか。だから脳のセンサーの感度が上がったままになる。

言われてみれば、計量カップを捨てたときに、わたしは同じことを体で分かっていました。測るほどしんどくなる、と。

わたしの場合は、我慢しようとするほど、そこに意識が向いてしまった気がします。

ただ、病院では「尿意を我慢して、少しずつ間隔を延ばす」という方法をすすめられることもあります。わたしに合わなかったというだけで、その方法を否定するものではありません。試すかどうかは、必ず先生に相談してから決めてください。

同年代の知人の「絶対大丈夫」

別々の場所でスマートフォンを見てやりとりする40代の女性2人

もうひとつ、大きかったことがあります。

同年代の知人に、LINEで打ち明けたことです。

その人も健康のことで不安を抱えている人でした。だから送れた、というのが正直なところです。

同じ不安を持つ人にLINEを送った

送信ボタンを押すまでは、ずいぶん迷いました。トイレの話です。人に言うことじゃない気もしました。

でも、この人なら笑わないだろうな、と思ったんです。それで、長い文章を打って送りました。

私も3年くらい超超超頻尿だった

しばらくして、返信が来ました。

知人
知人

それ、私も3年くらい超超超頻尿だったけど、それこそいつの間にかなくなってましたよ。だからとっこさんも絶対大丈夫!

3年。

しかも、いつの間にかなくなっていた

すぐにはおさまらなかった でも心は救われた

正直に書きます。この返信を読んで、すぐにおさまったわけではありません

次の日も、その次の日も、トイレは近いままでした。

でも、心は救われました。

「いつの間にかなくなった人が、実際にここにいる」。それが、どんな説明よりも効きました。

いまはどうなっているか

玄関で小さなノートをトートバッグに入れる40代の女性

2025年11月から、もうすぐ10か月になります。

いまの状態を、正直に書いておきます。

「治りました」とは書けません。でも、落ち着いています

治ったではなく 落ち着いた

トイレのことを1日中考えている、という状態ではなくなりました。

気づいたら、何時間か経っていることもあります。

数えていないので、正確な回数は分かりません。分からないままでいられることが、いちばんの変化かもしれません。

出なくてもいいと思えるように

行ってちょろっとしか出なくても、前ほど落ち込まなくなりました。

前は「ほら、やっぱりおかしい」でした。いまは「ちょっとしかでなかったな。」くらいです。

いまはほとんど気にならない

そう思うようになってから、だんだん気にならなくなりました。

いまは、ほとんど気になりません

もちろん波はあります。けど、ほとんど気にならない今日このごろです。

そういう日は「あ、脳が敏感になってる日だな」と思うようにしています。うまくいく日と、いかない日があります。

ノートを持ち歩いている

正直に言うと、また波が来るのかな、とビクビクしている自分もいます。

それで、ノートを1冊持ち歩いています

毎日つけているわけではありません。日記でもありません。

不安になってチャッピーに相談したときに、「これは!」と思ったことだけを書き溜めています。読んで安心できた言葉だけです。

なので、何日も書かない月もあります。それでいいことにしています。

記録はやめたのに、また書いてるじゃないか。そう思われそうですが、書く場所も中身も別ものです。

  • やめたもの … 生理のアプリに、ときどき残していた回数や量のメモ。異常かどうかを確かめるためのもの
  • いまのもの … 紙のノートに書き溜めた、安心できた言葉だけ。不安になったときに読み返すもの

同じ「書く」でも、証拠集めのために残すのと、お守りとして持っておくのとでは、まるで別ものでした。

よくある質問

同じように悩んでいる方から聞かれそうなことを、わたしの経験の範囲で書きます。

繰り返しになりますが、わたしは医療の専門家ではありません。ここに書くのは、あくまで一人の体験談です。気になる症状があるときは、必ず医療機関に相談してください。

検査で異常なしと言われたとき

わたしもそうでした。安心できたのは数日です。

ただ、検査を受けたこと自体は無駄ではありませんでした。「体は壊れていない」という土台は、そこでしか手に入りません。

病院を変えてもいいのか

わたしは変えました。そして戻りました。

合わないと思ったら戻っていいと思います。ただ、同じ心配で何軒も回り続けるのは、わたしの場合はしんどくなるだけでした。

薬をすすめられたとき

わたしは飲みたくないと伝えて、出さないでおいてもらいました。

ただ、薬で落ち着く人もいます。飲まないほうがえらい、という話ではまったくありません。先生と相談して決めてください。

回数を数えるのをやめられないとき

わたしは計量カップを捨てました。生理のアプリにときどき残していたメモも、やめました。

やめた直後は、かえって落ち着かなかったです。数日は「分からない」ことが不安でした。そこを越えると、少し楽になりました。

いつ落ち着くのかという問い

わたしは10か月かかりました。知人は3年だったそうです。

つまり、人によってまったく違います。わたしにも答えは分かりません。

数えないほうが わたしには合っていた

夕方の田舎道を買い物袋を提げて歩く40代の女性

振り返ると、わたしがやっていたことは全部「確かめる」ことでした。

量を測る。回数を数える。我慢して、我慢できたかどうかで自分を試す。

安心したくてやっていたのに、確かめるほど不安が増えていきました。

10か月でこうなりました
  • 計量カップは1週間くらいで捨てた
  • アプリへのメモも、数えるのもやめた
  • 最後まで残ったのは「我慢」だった
  • 合う先生を探して、元の病院に戻った
  • 同年代の知人の「絶対大丈夫」で心が軽くなった
  • 治ってはいないけれど、落ち着いている

先生に言われた「膀胱が溜める能力は十分」という言葉は、いまも効いています。

それでも、いちばん心が軽くなったのは、同じことで悩んだ人の「私もそうだった」でした。

検査の結果でも、説明でもなく、同じ道を通った人の一言です。

このことは、別の記事にも書きました。体のあちこちが気になってしまう話です。よかったらそちらも読んでみてください。

【40代】検査で異常なしでも不安が消えない|心配性の私の話

もし同じことで悩んでいる方がいたら、あなただけではありません。わたしもまだ、練習中です。

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